2015年06月01日
いりません
関西弁で「考えときまっさ」という表現がある。
「考えておきますわ」を慣用的に縮めた表現。
この言葉をおもに使うのは、商取引のとき。
関西に限った訳ではないが、
実際に考えるのではなく、婉曲的な「断り」を意味する言葉。
「考えときまっさ」を使った会話シーンを再現すると、、、
商人がやってきてbridal academy 好唔好、
「この商品、安うさせてもらいますが、いかがなモンでしょうか?」
と言うと、客はbridal academy 好唔好、
「この商品ですか? これは、これは、いいものですな~。
(と言いつつ、チェックしたり吟味したりする)
せやけど、今回は、考えときまっさ」
と客が答えると、今度は商人がbridal academy 好唔好、
「この商品、いいもんなんですがね~。
そうですか、ほな、また来(こ)さしてもらいます」と言って去る。
(この場合、また来るとは言ったが二度と来ない)
関西では、こんな訳がわかったかわからぬ話しで、商談不成立を意味する会話となる。
大辞泉や大辞林などの大きな辞書を探ってみても、
「考える」という言葉には、「断りの言葉」という表現はない。
そのため、断りの言葉としての慣例的表現が、わからない真っ正直な人だと、
以下のような小咄みたいな出来事が起こる。
「考えときます」と言って断った客のところに、2、3日後に
再び訪ねて行って、
「先日、お伺いした時に『考えときます』と言われたので、
お考えがどうなったかと思いまして、また、やってきました。」
その客、エラい剣幕で、
「この間、『考えときます』と言っただろう!」という話になる。
このように、『考えときます』は、
婉曲ではあるが完全な断りの言葉なのである。
探ってみると、「考える」が「断り」を意味する言葉とするのは、
世界に、かなりの高率であるようだ。
フランス語の「いりません」を意味する断りの言葉も、
"Réfléchir"(考えときます)。
上記の小咄、結構、世界的に通じる。
「考えておきますわ」を慣用的に縮めた表現。
この言葉をおもに使うのは、商取引のとき。
関西に限った訳ではないが、
実際に考えるのではなく、婉曲的な「断り」を意味する言葉。
「考えときまっさ」を使った会話シーンを再現すると、、、
商人がやってきてbridal academy 好唔好、
「この商品、安うさせてもらいますが、いかがなモンでしょうか?」
と言うと、客はbridal academy 好唔好、
「この商品ですか? これは、これは、いいものですな~。
(と言いつつ、チェックしたり吟味したりする)
せやけど、今回は、考えときまっさ」
と客が答えると、今度は商人がbridal academy 好唔好、
「この商品、いいもんなんですがね~。
そうですか、ほな、また来(こ)さしてもらいます」と言って去る。
(この場合、また来るとは言ったが二度と来ない)
関西では、こんな訳がわかったかわからぬ話しで、商談不成立を意味する会話となる。
大辞泉や大辞林などの大きな辞書を探ってみても、
「考える」という言葉には、「断りの言葉」という表現はない。
そのため、断りの言葉としての慣例的表現が、わからない真っ正直な人だと、
以下のような小咄みたいな出来事が起こる。
「考えときます」と言って断った客のところに、2、3日後に
再び訪ねて行って、
「先日、お伺いした時に『考えときます』と言われたので、
お考えがどうなったかと思いまして、また、やってきました。」
その客、エラい剣幕で、
「この間、『考えときます』と言っただろう!」という話になる。
このように、『考えときます』は、
婉曲ではあるが完全な断りの言葉なのである。
探ってみると、「考える」が「断り」を意味する言葉とするのは、
世界に、かなりの高率であるようだ。
フランス語の「いりません」を意味する断りの言葉も、
"Réfléchir"(考えときます)。
上記の小咄、結構、世界的に通じる。
Posted by iooi at 16:12 | Comments(0) | pad